トランプ氏はなぜ勝利したか? ~「サイレント・マジョリティ」の声~

▲次期大統領の最有力候補とされていたクリントン氏を、政治家としてはド素人の不動産王・トランプ氏が破りました。選挙戦中は、「メキシコとの国境に壁を建設する」「イスラム教徒の入国を禁止する」など、過激な発言で物議を醸したトランプ氏ですが、「とんでもない大統領が生まれてしまった」と嘆いていても始まりません。トランプ氏はなぜ、大方の予想を覆して勝利することができたのでしょうか。鍵となったのは、「サイレント・マジョリティ」の存在でした。

▲「自分は至上、最も雇用を生み出す大統領になる」(2017年1月12日、大統領戦後初の記者会見で) (NHK NEWS WEB) ―米大統領選に勝利したのは、最有力候補とされていたクリントン氏ではなく、政治家としてはド素人の不動産王・トランプ氏でした。フロリダ (選挙人29人) やオハイオ (選挙人18人) といった選挙人が多い「激戦州」で勝利したことが大きかったと考えられます。共和党は上下両院で過半数を占め、「ねじれ」は解消されました。

▲トランプ氏の支持者は、ニューヨークなどの都市部よりも、南部や中西部の郊外や田舎に多く、トランプ氏は彼らを「サイレント・マジョリティ (物言わぬ多数派) 」と呼んでいます。「サイレント・マジョリティ」という言葉は1969年11月、ニクソン大統領のテレビ演説で有名になりました。当時のアメリカではヒッピー世代の若者たちが街に出て、ベトナム戦争の中止を求めるデモを繰り返していました。しかしニクソン大統領は、国民の多数派 (具体的には、ブルーカラーと呼ばれる白人労働者) は「真面目に働き、税金を納めている良民」で、政治的発言はしないので目立たないが、ベトナム戦争を応援しているはずだ、という意味でこの言葉を使いました。(町山, 2016)

▲「メキシコとの国境に万里の長城を築け!」「すべてのイスラム教徒の入国を禁止しろ!」―トランプ氏が叫ぶたびに、彼の支持者は「サイレント・マジョリティはトランプを支持する」というプラカードを振って喜びます。アメリカでは1964年に公民権法が成立して人種隔離が違法となり、翌年には投票法で黒人の選挙権が認められました。しかしそれは、多くの白人ブルーカラーにとっては不愉快なことだったと考えられます。ですから、「サイレント・マジョリティ」という言葉には、「黒人の平等に不満だが、差別になるので、それを口に出せなくなった白人」という裏の意味が隠されているのです。(町山, 2016)「ポリティカル・コレクトネス (政治的な正しさ) 」を無視した過激な発言をするトランプ氏は、彼らにとっては救世主であったのかもしれません。

▲一方のクリントン氏は、予備選で「社会主義者」のサンダース氏にまさかの苦戦を強いられました。サンダース氏は、民主党の政治さえも「大富豪による大富豪のための政治」だと切り捨て、クリントン氏を批判しました。町山 (2016) は、「サンダースもトランプも、二大政党制とエスタブリッシュメント (既得権者) が支配する、硬直した政治にうんざりした人々から支持されている点で共通している」としています。また、水島 (2016) は、「ラディカル・デモクラシーポピュリズムは、代議制民主主義の機能不全を批判し、人々の直接的な参加により既存の政治の限界を克服しようとする点で、意外な一致を見せる」と述べています。

▲東西冷戦が終焉した現代社会では、「」と「」というイデオロギーの分断よりもむしろ、「」と「」という権力の分断のほうが顕著になっているように思います。日本では、「都民ファースト」を掲げて構造改革を唱えた小池百合子氏が、都議会自民党が支援した増田氏と野党が支援した鳥越氏を大差で破り勝利しました。「若者の政治的無関心」が叫ばれて久しいですが、「どうせどこの政党に投票しても変わらない」という「政治に無関心な若者」の言葉は、ある意味では日本の政治そのものが抱える問題の本質を突いているのかもしれません。

 

<引用文献>

町山智浩 (2016) さらば白人国家アメリカ. 講談社, 208, 325-333. 

水島治郎 (2016) ポピュリズムとは何か. 中公新書, 18-19.

<引用URL>

NHK NEWS WEB (2017年1月12日) 「トランプ次期大統領 大統領選後初の記者会見 米利益最優先を強調」

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170112/k10010836431000.html